ストレス解消小説

「イカす補完天国」
(略称:「補テン」、なんか言語感覚が古いかも)

惣流アスカ・ラングレーのばあい


 

 この作品をA.カミュとA.ワロンにささぐ。

 

 暗闇の中で、うずくまるだけの少女。かつての快活さは、今はどこにもない。頬もげっそりとやせ細っている。青い瞳は何も写してはいない。只瞼の下でぼんやりと明るい光を時折感じるだけだ。 心が耐えられないものを感じた人が、どうにかなってしまう事を責める事は出来ない。それを責める事が出来るのは只『自分』の中の無数の他者の群れだけだ。 それがたとえ、自分を追いつめているものそのものに他ならなくても、やはり、それだけだ。

 いずれにせよ、少女の中の『心』の中にただ残響が広がっている。 


 「私はいらない人間なの・・・。もうトップパイロットでもない、一番いやな人形みたいな女に助けられた、誰も私の事を見てくれない、もう一番じゃないのあたし、だからいらない人間なの・・・。」

 で?

 「え?」

 だから?

 「だ、だからって…。」

 それがどうかしたの?

 「だ、だから、私の生きてる意味がなくなったのよ!」

 ほんと?それほんとにほんと?

 「ほんとって、そ、そうよ!だって、一番じゃなくちゃ私の事誰も見てくれないし・・・。」

 あのねえ、じゃ、この世に存在してる残りうん十億人の人間は皆無意味なの。君以外の人間は皆無意味なの。君は自分を中心においてその無意味な連中から『あなたはすごいです。すばらしいですう』なーんて誉めてもらいたいわけ?でも君以外の連中は皆無意味なわけでしょう。なら、そんな連中無視して楽しくやりゃあいいじゃん。

 「え、え、え、で、でも…。」

 デモもストライキも無いでしょ。

 「そ、そんな…。私…。」

 そんなも得なもないでしょうよ。人間なんてさー、誰かから大事にしてほしいって気持ちであふれかえってるってのは理解できるよ。でも、だからって、自分が大事にされなくなったとたん自分で自分の事大事にするの止めたら、それこそこの世で誰一人自分を大事にする人いなくなるじゃん。

 「そ、そうよ。だから私は私の事が嫌い…。みんな嫌い、嫌い、大嫌い!でも一番嫌いなのは自分なのよ!」

 だからそれは分かってるって。こういう風にさー、自分の事他の人に言う事も出来ないわけでしょ。例えば、碇シンジくんとかにさ。君たちほんとに似た者同士だよ。片や言いたくもない事をわあわあわめいて結局言いたい事が言えず…君の事だよ、片や自分の言葉や思いの全てをぐるぐる疑って結局言いたい事を一言も口にできない…。自分が嫌いになって当たり前さ。ほんとに言いたい事何一つとしていってないんだもの。それ以前にさー、自分がほんとにしたい事や言いたい事ぜーんぜん分かってないんじゃないの、自分で。

 「そ、そんな!わ、私はお母さんから見捨てられたくなかったの、そのためにEVAに乗ったの、大学も13歳で出たの、誰にも頼らずに一人で生きれる強い自分になりたいの!分かってる、自分のやりたい事、したい事・・・。ただ…。」

 ただ、周りが思うようにならないだけ・・・。

 「そ、そうよ。私はこんなにがんばってるのに、私はこんなにすごいのに。」

 じゃあさ、一つきくよ。君がすごければこの世から死ぬ人をなくせるの。君がすごければ、君が好きな人は必ず君の事を認めてくれるの。君さえすごければ、君が幸せになってほしい人が幸せになれるの。そもそも、人間がどれだけすごくなったところで神様がするみたいな事までやっちゃえるわけ?

 「う…。」

 『う』はさ、長良川にでも任せてさ、そこん所もっとつめてみようよ。要するに君は君と比べれば愚にもつかない連中から、一段高いところにいたいわけでしょ。そういう愚にもつかない連中から「高められたい」わけでしょ。おしえてよ、なんでそんな愚にもつかない連中から相手にされる事を望の。いいじゃん、べつに…。

 「う、うるさいわね!私はとにかく捨てられたくないの、大事にされたいの、ほめられたいの、誰かがそばにいて欲しいの、優しくされたいの!」

 でも、自分のいやなところは見ないで済ませたいのってか?どんなに嫌われて当然の事しても、それでも大事にされたいってか?わがまま放題したい放題をしても『大事にされ』さえすればいいのかねえ?そんな人生楽しい?

 「そ、そんな…。」

 それが君の望む世界なの。それが君の望む『対人関係』なの。人を馬鹿にしても、人から大事にされて、どんなに惨い事しても、相手が君の事必要として、どれだけ相手を傷つけても相手は君の事を優しく大事にしてくれる、そんなのが良いんだ、ふーん…。

 「…じゃあ、どうすれば、私の事をみんなが必要としてくれるのよ・・・。結局EVAに乗って戦うしかないじゃない・・・。結局勝たなくちゃならないじゃない・・・。結局…、どうせ…。」

 ほんとにそう?君のその長くて明るい髪の毛、それだけで「モデル」になれるかもよ。君の頭脳を生かせば、なにしおう大企業で最年少役員にでもなれるかも・・・。好きな男の子にはっきりと「私を大事にして!」って言えばいつでも君にめろめろになってくれるかもよ、朝晩君の事しか考えないくらい君を好きになってくれるよ、きっと。科学者になれば、誰も見つける事の出来なかった「真実」を世の中に投げ込む事ができるかもしれないし、君の運動神経なら、スポーツ選手で記録だして殿堂入りだって夢とは言い切れないさ。そーんなに恵まれてて、それでも『欠けてる、不安な』自分って、君にとって何なんだろうね。考えた事ある?

 「…。そ、それは、その、あ、あの…。」

 例えばさ、君、確かにお母さんにひどい目に会わされて、今のお母さんからも『表向き』の付き合いしかしてもらえなくて、自分が興味を持ってほしい男の子はおどおどしてて君の事見ててくれてるのか見てくれないのかも不明で、挙げ句の果ては乗ると命かかっちゃう恐怖のジャンキーマシンに乗せられて14歳にして命のやり取り・・・、確かに『もー勘弁してくれ!』って気持ちになるの、分かるよ。でも、人間なんて突き詰めれば、生まれてきた事自体が『ひどい事』なわけ。どんなに幸せな人生送ってても突然死んだりするし、いくら悩んでも答えが出ない問題が山積みなわけだし。 だからって馬鹿になって何も感じないで生きていてもうっとうしくてしゃくに障るし。やっと大事なもの見つけたら、失うのが恐くて恐くて・・・。それでもさ、生きてるうちに一生懸命時にはため息の一つもつきながらも生き抜くのが人間ってもんじゃない?自分がほんとに大事なものをつめの中に血を溜めてでも見つけ出すのが人間じゃない?自分がつかんだ大事なものを守り抜くのが人間じゃない?迷いに迷った上で、何かを迫られるのが人間じゃない?

 「そ、そんな事言ったって、今の私にできる事なんて・・・。私にはわからないし・・・。言葉だけで気持ちが変わるわけじゃないし・・・。自分の事好きになるのって、むつかしいし。結局何も変わらないじゃない!」

 変わるよ。変わるって。14さいでさ、人生もうなにもないですう、ナーンテそりゃないよ。そもそも、君、幸せになろうとしてないんだもん。人の目に『どう映るか』しか考えてないんだもん。そのくせ、人の事何てなーんにも考えずに『自分が』どう見えているかしか興味が持てなくなってるんだもん。そりゃつまらなくもなるさ、人生。だって、それじゃ、君は『自分以外の事を考える力がゼロのただのおどおどした見世物人形』じゃん。そりゃ嫌いにもなるよ、自分の事・・・。うーん、納得。

 「な、何一人で納得してるのよ!そ、そこまでひどい事言わなくてもいいじゃない!言うだけなら言えるわよ、いくらでも、あんたなんかに私の心わからないわよ、私の辛さ、わかんないわよ!」

 今まで、ずっと話してきて、やっと、僕に呼びかけたよね、『あんた』って。要するに君との会話は『僕』がだれか、何て全く意味が無くても成立するんだよね。あー恐ろしい。確かに僕にはそんな人の気持ちは分からなくて当たり前かもなあ。

 「それじゃ、あんたはいったい誰なのよ。なんで私の心をかき混ぜるのよ。なんで私と話そうとするのよ。私をなんでいじめるのよ。なんでよ、なんでよ…。」

 僕は君の心の中の、忘れ去られた誰かの代理人(かわり)さ。君があんまり相手にしてくれないから、ずっと忘れられていたのさ。でも、君は思い出した。『僕』の名前は忘れても、僕が『誰』かは、もう思い出しただろう。こうやって、君がどうしようもなくなっている時に、君の事を君と一緒に考えようとした人。僕意外にもいっぱい君の人生を横切っている。そして、僕はただ君の心をかき混ぜているわけじゃない。君と話したいから話してる。君の心がこんがらがった糸のようにややこしくなって、君の『心の心臓』を絞め殺しそうになっているのを見ていられない。君が『自分の事を嫌い』って思うたびに僕も傷つくのさ。僕は形を持っていないから君の心の中でこうやって理屈こねてみる事しか出来ないのさ。とりあえず、『できること』全部やってみてるだけさ。 それが、君にとって無意味なら、僕たちは心中さ。君は暗い闇の中に自我を放り投げて僕は再び忘れられて、『死体』同然。君も機能停止。 でもいっておくよ。興味を持ってて、相手の事が大事で、そういう相手じゃなければ、こんなに疲れる長広舌は、普通広げないよ。僕以外にもいっぱいいる。

 「誰がよ、何がよ。」

 君がただ生きているだけで、喜びと嬉しさと幸せを少しでも感じる人たちが。君の心の痛みが、苛立ちが、自分を傷つける営みが、我が身の事のように「痛い」人たちが。それでも、君は、自分が大事にされてない、誰にも必要とされていない、って言っていたいの?思っていたいの? 惣流・アスカ・ラングレー、君はただ、君であるだけでそれで良いんじゃない。EVAのパイロット、立派さ。かっこいいね。でも、きっと碇シンジにとってはそれよりも君のおてんばぶりや甘い髪の毛のにおいのほうが、ずっと大切さ。大事にされかたが足りないと思うなら、大事にしてほしい人に『もっと大事にして!』って言ってごらん!傷つく事を恐れずに。求めなければ、得られないよ。外堀を埋めてるだけじゃ、人生の日暮れが来てしまう。『カッコよくなる』前に、『欲しがってみる』それだけでいいんじゃない。

 「でも…、どうすれば、いいの。シンジに、好きなんて…、言えない。わからないの、シンジの事、自分がほんとに好きなのかどうかも…。シンジが私の事…好きなのかどうかも…。ミサトだって、私の事…ただ同情してるだけかもしれないし…、リツコや他のネルフの連中、きっと私やシンジ、ファーストの事だって道具としか思ってない…。いったいどうしていいのかわからない…。」

 じゃあ、そう言えばいいのさ。無理に鼻つまんでまでキスする事なんてなくて、『シンジと話ししたいの』って言ってみて、いろいろ話してみればいいじゃん。ミサトさんともそうしてみればいいんじゃない。君の訴えたい事を訴えればいいのさ。その時忘れずに、相手も人間で、君と同じように傷ついているかもしれなくて、やっぱり訴えたい事があるのかもしれないって事さえ忘れなければ。それだけ人に優しくできるなら、好きにはなれなくても、もう自分の事嫌いになるのは難しくなるさ。相手も、『自分』かもしれない。そう思うだけで、それを頭の片隅に置くだけで、自分を痛めつけなくてすむなんて、人間って不思議な生き物だよね。どんなに惨い事にであっても、どんなにつらい事があっても、どんなに人間が不完全な生き物でも、自分を支える、自分が支えてるものがある限り、ばかばかしいくらい幸せになれる瞬間が人間にはある。君だって、シンジ君のチェロを聞いたとき、心が少し動いたはず。うきうきとまではいかなくても、すっきりした何かが、君の心に入ってきたはず。相手の事を考えて、相手のいいところを認めて自分が『うれしい』って感情を大切にして、それをして行くしかないのさ、人生は。

 「わからない…、出来ないかもしれない、恐い、でも…、でも…。」

 でも?

 「私、やっぱり、幸せになりたい。」

 うれしいよ!そう思ってくれただけで。もう何も強要しないよ。もともと無理強いなんて何もしてないんだ、僕は。ただ、君とおしゃべりしたかっただけ。楽しかった。君が少しでも自分の事、大事にしてくれるだけで、それで十分なんだ。僕には…。じゃあ、もうお別れだね。もう十分だ。

 「え、も、もういっちゃうの。」

 そうさ。

 「ま、まだいっぱい話したい事…あるかもしれない…。」

 そう思うなら、話してごらんよ。現実の『僕』に。

 「あ、あなたいったい誰?それが知りたいの。あなたはなぜ、私の事をそんなに…。」

 まだわからないの?

 「そ、そんな、あなた、私になにも教えてくれてない、あなたの事…。」

 だから僕は『だれか』さ。君を大事に思ってる、それだけが条件の、君の心の中のかげ。

 「その『だれか』が知りたいの!」

 君が思った通りの人さ。気付いたかい?

 「思い出せそう…、いや、気付けそう…。」

 そう、じゃ目を覚ましたら、また話そう!


 「アスカ!アスカ!!!目を覚ましてくれ…、目を覚ましてくれよ…!アスカ、アスカ!!」病室で一人眠る少女に少年は呼びかけ続ける。そして、少女の目はそっと開かれた。 「…。」少女のやつれた頬がほころんだ。 「あ、あ、アスカ、気がついたの、アスカ!……よかった、よかった。目を覚ましてくれたんだね、アスカ。いっぱい話したかったんだ、さみしかったんだ…。アスカ…、もう僕をおいてゆかないでね、アスカ…。」少年は涙を滝のように流しながら少女を抱きしめた。少女はそっとつぶやいた。

「やっぱり…シンジだったのね…。」

Das Ende.  

 

[H's NovelRoom]

 

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